登山と民事裁判~登山ガイドの天候に関する事前情報収集義務とガイドツアー催行検討義務違反が問題となった事例
2026年7月
弁護士 菅 野 亮
1 筆者が登山をする関係で、登山事故に関する裁判例などを読むことがあります。
登山は、そもそも、登山ガイドなしで行くことが多く、単独行で滑落事故をおこした場合には、損害賠償をする相手もいません(その場合でも、山道整備等の責任問題が発生することはあり得ます。)。
登山していると、難易度が高くないルートで、多くのお客さんを連れたガイドツアーが行われたり、難易度が高いルートで、ロープでつなぐなどして登山するガイドツアーを見かけます(私自身も、過去、雪山登山や難易度の高いバリエーションルートで、ガイドツアーに参加したことがあります。)。
このコラムでは、登山ガイドにガイドツアーをお願いした場合、登山ガイドの判断ミスで、死傷者がでた場合にその責任がどうなるかが問題となった事例を紹介します。
2 熊本地裁平成24年7月20日判決(判例タイムズ1385号189頁)では、登山ツアーに参加した登山客が、ツアー中に低体温症で死亡した事故について、ガイドであるツアー主催者の損害賠償責任が認められています。
問題となったツアーは、5泊6日の「北アルプス栂海新道ガイドツアー」です。
ルートは次のとおり計画されていました。
ガイドは、日本山岳ガイド協会資格の一つである「上級登攀ガイド」を有する方でした(ガイド補助1名、一般参加者は、6名のツアーでした。)。
1日目 福岡から飛行機で出発し,富山県内の祖母谷温泉に宿泊
2日目 不帰岳,清水岳を経て,白馬山荘に宿泊
3日目 白馬岳山頂,三国境,雪倉岳を経て,朝日小屋に宿泊
4日目 朝日岳,千代ノ吹上,八兵衛平,黒岩平,黒岩山,栂海新道,サワガニ山,犬ケ岳を経て,栂海山荘に宿泊
5日目 黄蓮山,菊石山,下駒ヶ岳,白鳥山,坂田峠,尻高山,二本松峠,入道山,親不知を経て富山市内のホテルに宿泊
6日目 富山市から福岡に飛行機で移動し,福岡空港で解散
季節は、10月ですので、平地では考えられませんが、北アルプスの高地では、もしかしたら雪がふるシーズンです。
実際、このツアーの2日目、「祖母谷温泉を出発し,本件コースを進み,不帰岳避難小屋で休憩し,旭岳直下を経た後,白馬山荘に向かう途中,強風及び吹雪に曝されて,A,C,D及びEは,低体温症により死亡した。」と認定されています。
判決では、ガイドの責任について、まず、次のように判断されています。
「プロの登山ガイドである被告が企画,主催した登山ツアーであるところ,登山は,遭難,事故等により生命の危険を伴うものであるから,登山ツアーを企画実施する者は,参加者の生命身体に危険が生じないような適切な準備や指示,処置をする注意義務を負っているというべきである。」
さらに、天候が悪い場合にツアーを中止すべきかどうかに関して、山岳ガイドには、次のような義務があると判断されました。
「そして,上記アのとおり,登山が天候の変化による遭難等の危険を伴うものであること,前記認定のとおり,日本旅行業協会が作成した『ツアー登山運行ガイドライン』に,出発前からの気象変化の予測が重要であると指摘すると共に,引率者として要求されると考えられる能力として,気象に関する知識を挙げていること及び被告が上記アのとおり,高度の注意義務を負っていることからすると,被告は,プロの登山ガイドとして,出発前から天候に関する情報を収集すべき義務,登山中の天候を予測した上で,登山中の天候が悪天候であると予測される場合には,登山を中止するなど適切な処置をとるべき義務などを負っていたといえる。」
その上でガイドには、以下の過失(事前情報収集義務違反及び催行検討義務違反)があると判断されました。
「前記認定のとおり,被告及びBは,本件ツアーのコースの天気に関する情報収集の方法として,携帯電話で天気情報を取得する,7日午前5時過ぎに出発する前にテレビ等で天気予報を見る,177番の天気予報ダイヤルで情報を得る又は本件コースの目的地である白馬山荘に電話をするなどの方法をとることが可能であったにもかかわらず,これらの情報収集を何らしなかった。そのため,富山地方気象台及び日本気象協会が6日午後5時以降に発表した天気予報の情報を入手する機会を逸失したということができる。よって,被告が事前情報収集義務を履行していたとは到底評価できず,被告には,事前情報収集義務違反がある。」
「被告は,上記アのとおり,事前情報収集義務を怠った結果,催行検討義務を履行することができなかったということができる。よって,被告には,同義務違反がある。」
もちろん、このような義務違反が認められる前提として、本件では、次のような事情も認められます。
¡ ツアーが5泊6日と長いこと
¡ ルートが山慣れた人向きのルートであったこと(本件コースは、ある程度経験を積んだ者であってもトレーニング等を要するものであったと評価されています。)
¡ 参加者が高齢の女性であったこと
本件では、損害額について、被告となった山岳ガイドより、「登山という行為が,急激な天候の変化だけに限らず,急な落雷や落石,倒木,土砂崩れなど自然を相手にするがゆえの危険性を伴う行為であり,Aもそれを認識していたとして,賠償額の減額をすべきであると主張」されていますが、判決では、次のとおり、この主張は採用されていません。
「本件事故は,上記2で判示したとおり,被告が,登山開始前の天候に関する情報を収集すべき事前情報収集義務及び催行検討義務のいずれについても怠った過失に基づくものであるところ,天候に関する情報は正に登山ガイドが収集すべきものであり,ツアー客が自ら天候に関する情報を収集し,天候を予測して催行を検討すべきものとはいえない。」
確かに、登山は、「急な落雷や落石,倒木,土砂崩れなど自然を相手にするがゆえの危険性を伴う行為」であるといえます。したがって、予測できない落石等が生じた場合の損害であれば、その回避に何らかのガイドの過失があった場合でも(そもそも、予測可能性がないとされる場合も多いかと思います。)、公平の観点から、損害額の減額等が考えられる場合もあるかと思います。
私が依頼した登山ガイドは、天候の把握も機材の準備もしっかりしており、さすがプロだと思わせる方々でした。そうしたガイドには尊敬と感謝の念しかありません。
ただ、登山には生命に対する危険があることは事実で、ガイドとロープでつながっていたとしても、コースによっては、滑落して死亡するリスクは常にあるように思われます。
悪天候で本件のような死亡事故に発展した場合、法的紛争になってしまう可能性があるため、特に、参加者が高齢者で、数日間を要する縦走を行うガイドツアー催行の決断は、保守的に行う必要があると思わせる事案です。
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★




