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過去の逮捕歴に関するインターネット情報の削除を求めることはできますか②(どのような場合に,誰に対して削除を求められるのでしょうか ~裁判例の紹介~)

よくあるご質問刑事事件

1 検索サービス事業者に対する削除請求が主流であること
 近年,欧州連合(EU)域内で,「忘れられる権利」が広く議論されるようになった背景には,「インターネット上の情報検索に不可欠のインフラとなった検索サービスとの関連で,検索結果の削除義務という新しい問題が発生したことがある。」と言われています。(宇賀克也「『忘れられる権利』について-検索サービス事業者の削除義務に焦点を当てて」論究ジュリスト18号24頁)
 つまり,検索サービスを利用することによって,特定の氏名等を検索条件に指定するだけで,誰もが簡単にその人の前科等に関するインターネット上の情報にアクセスできるという利便性が,その人に犯罪者としてのレッテルをいつまでも貼り続けることに大きく寄与しているという問題意識から,そうならないように,検索サービス事業者に対する削除義務を求める「忘れられる権利」が認められるべきであるという議論になります。
 この問題意識は,更に踏み込んで「検索サービス事業者は,単に情報を媒介するという消極的機能を果たすにとどまらず,検索する者の関心を惹起するように情報を表示するという積極的機能を果たし,さらに,検索結果として表示された個人に損害が発生することを助長している。」とも主張されて,その背景事情として,検索サービスにおける「サジェスト(関連検索)機能」の問題点も指摘されています。(脚注※1)
 欧州連合(EU)域内におけるこのような議論を受けて,日本においても,近年は,過去の逮捕歴等の削除を求める場合には,検索サービス事業者に対して検索結果の仮処分命令の申立を行った上で,本訴として検索結果の削除を求めて行く手法が一般的となっています。

2 日本での裁判例
 ⑴ 平成20年中頃までの判断枠組み
 平成20年中頃までの裁判所は,「検索サービス事業者は,自ら違法な表現を行っているわけでもなく,違法な表現を含むウェブページの管理を行っているわけでもないから,被害者は,第1次的には,自ら違法な表現を行っている者や違法の表現を含むウェブページの管理を行っている者に対する削除請求をすべき」(東京地裁平成22年2月18日判決等)などとして,検索サービス事業者は原則として削除義務を負わず,仮に負うとしても二次的なものである(例外的な場合を除き認めない)とする考え方が主流でした。

 ⑵ 最高裁判所平成29年1月31日決定
 その後,最高裁判所平成29年1月31日決定(以下,「最高裁H29.1.31決定」といいます。)が,検索サービス事業者に対する削除請求に関し,「当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。」との規範を示しました。(脚注※2)
 この最高裁H29.1.31決定は,検索サービス事業者に対し,逮捕歴等のプライバシーに関する情報を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果から削除することを求めるための要件について,統一的な判断枠組みを示したものであり,どのような場合に削除が求められるのかを検討するに当たっての重要な指標となり得る基準を示したものと言えます。

 ⑶ 最高裁判所平成29年1月31日決定後の裁判例の動向
 もっとも,この基準は,現実的には,検索結果の削除を求める者にとって非常に厳しい判断枠組みとなっています。
 ア 実際,最高裁H29.1.31決定(検索サービス事業者であるGoogleに対し自己の逮捕歴の検索結果の削除を求めた事案)においても,最高裁判所は,前記「比較衡量」を行う際に基礎とすべき事情として,「当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,記事等の目的や意義,記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,記事等において当該事実を記載する必要性」を挙げた上で,①事実(児童買春)が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお「公共の利害に関する事項」であるといえること,②検索結果は抗告人(削除を求める者)の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,「事実が伝達される範囲はある程度限られたものである」といえることなどの事情に照らすと,抗告人が妻子と共に生活し,罰金刑に処せられた後は一定期間(約5年間)犯罪を犯すことなく民間企業で働いていたことなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」とはいえないとして,削除を認めませんでした。
 イ その後,Twitter上に自己の逮捕歴に関する複数の投稿が掲載されたとしてその削除を求めた裁判において,第1審の東京地方裁判所令和元年10月11日判決が,最高裁H29.1.31決定で示された前記基準を一部変更(「明らか」を削除)した上,要旨,Twitterの検索結果の提供はインターネット上の情報流通の基盤としてそれほど大きな役割を果たしていないとし,公表されない法的利益が優越するとして,削除を認める判決を言い渡しました。
 ウ しかし,その控訴審である東京高等裁判所令和2年6月29日判決は,一転,Twitterが「その検索機能と併せてインターネット上の情報流通上の基盤として大きな役割を果たしている」と評し(脚注※3),最高裁H29.1.31決定で示された前記基準を厳格に適用し(すなわち,公表されない利益が「明らか」な場合に削除を求めることができるという判断基準を採用し)た上で,①事実(女湯への建造物侵入)に係る法定刑が3年以下の懲役又は10万円以下の罰金というものであり決して軽微な犯罪ではないことなどから,公共の利害に関する事実に係り,(その公表は)公益を図る目的にもあたるものに出たといえること,②Twitterの検索機能の利用頻度は,Googleなどの一般的な検索事業者の提供する検索機能ほどには高くないことは,公知の事実であること,③既にGoogleなどの一般的な検索サイトでは本件事実が検索結果として表示されることはなく,具体的な不利益を受ける可能性が低下していることなどの諸事情に照らすと,事実から約8年が経過したことを考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが「明らか」とはいえないとして,削除を認めませんでした。
 エ 他方,検索サービス事業者であるGoogleに対し自己の逮捕事実の検索結果の削除を求めた事案において,札幌地方裁判所令和元年12月12日判決は,最高裁H29.1.31決定で示された前記基準を適用した上で,①事実(強姦)については嫌疑不十分により不起訴処分になっていること,②逮捕から7年以上が経過していることから,検索結果の表示を維持する必要性よりも事実を公表されない法的利益が優越することは「明らか」であるとして,Googleに削除を命じています(なお,この裁判では,更にGoogleに対し130万円の損害賠償請求も行われましたが,裁判所はGoogleに過失は認められないとして請求を棄却しています。)。

3 おわりに(筆者の雑感)
 このように,過去の逮捕歴に関するインターネット情報の削除を裁判で求めることには,まだまだ高いハードルがあると言わざるを得ません。
  札幌地方裁判所令和元年12月12日判決が示したように,逮捕事実が事実無根(嫌疑不十分)であったことなどの事情があれば,削除が認められる方向に傾くこともあります。
 そもそも裁判を起こす勝算はあるのかなどについては,事案によって慎重に判断すべきと思われますので,まずは弁護士に御相談ください。

 

【脚注】
※1 サジェスト(関連検索)機能とは,Googleなどの検索サービスの検索窓にキーワードを入力した際に,次の候補キーワードを自動で表示してくれる機能のことを指します。この機能は,検索サービスの利用者が実際に入力しているキーワードを蓄積し,多く検索されている関連ワードを表示してくれる機能であり,検索しようとする者にとっては,検索目的に関連するワードを広く把握できる上,これを利用することによって必要なコンテンツの内容を絞り込むことができる便利な機能です。反面,デジタルタトゥー被害者にとっては,知られたくない情報に加害者が更に容易にアクセスできることを更に助長する,脅威のツールということになります。

※2 最高裁H29.3.31決定は,検索サービス事業の性格について,「検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。」とも評価しており,これは欧州連合(EU)域内における「忘れられる権利」に関する前記議論にも配意したものと思われます。

※3 東京高裁R2.6.29決定は,Twitterの役割について,「全世界におけるTwitterへの月間アクセス数は約39億回(平成29年6月当時)であって,世界で6番目にアクセス数が多いウェブサイトである。一般の私人のほか,米国の現職大統領をはじめとして,各界の著名人,官公庁,民間企業も,Twitterを利用して情報発信を行い,これを受信する者も多数にのぼる。Twitterには検索機能が付加されており,利用者が検索ワードを入力すると,投稿記事中からこれに対応するものが検索結果として表示される。この検索機能は,公衆がTwitter上の膨大な量の投稿記事の中から必要なものを入手することを支援し,ひいては投稿者による投稿記事の情報発信力を高めるものである。そうすると,Twitterは,その検索機能と併せて,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしているということができる。」と評しています。

2021年4月23日

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★