お知らせ・ブログnews & blog

千葉県千葉市の弁護士事務所 法律事務所シリウス > お知らせ・スタッフブログ > ブログ > 検察こぼれ話 番外編 ~検事の自殺と重畳決裁~

検察こぼれ話 番外編 ~検事の自殺と重畳決裁~

2021.01.07ブログ

   2021年1月7日   

弁護士 金 子 達 也 

1 2021年の幕開けに,一つの悲しい報道が目にとまりました。
 広島地方検察庁(以下,「地検」といいます。)公判部の男性検事(当時29歳)が,2019年12月に自殺したというものです。
 報道によると,この検事は,2019年12月10日,「検察官にあるまじき行為をして申し訳ありません。」と書いたメモを残し,広島市内の自宅マンションで自殺したとのことです。
 この検事が,最後まで,検事という仕事に誇りを持ち続け,自殺を踏み止まろうと葛藤していたであろうことが,よくわかります。
 この男性検事のご冥福を心からお祈り申し上げます。

2 報道では,「自殺には広島地検次席検事の決裁の場におけるパワハラ発言が影響しているのではないか」という問題意識が示されています。
 確かに検察における決裁制度はパワハラの温床となり得るものです(当ホームページブログ「検察こぼれ話② ~決裁~」でも触れていますので,ご覧ください。)。
 また,実際にパワハラ行為が行われるかどうかは決裁官の性格や度量によって左右されることが多いと言われていますが,部下である検事は,決して決裁官を選ぶことができませんから,「酷い」決裁官に当たったときには耐え忍ぶしかないのも事実です。

3 ところで,この自殺に関する一連の報道の中で筆者が気になったのは,自殺の引き金となったパワハラ行為が「苦労して書き上げ,部長もOKを出した論告(検察官の意見陳述)を(広島地検ナンバー2である)次席検事に決裁を求めに行ったところ,激しい叱責を受けた」点にあると指摘されていることです(東洋経済ONLINEの記事から引用させていただきました。)。
 筆者は,ここには「重畳決裁」の問題が潜んでいると感じました。

4 重畳決裁というのは,ひとことで言えば「複数の決裁官による決裁を受けなければいけない」決裁制度のことを言います。
 小さな地検であっても,トップの検事正,ナンバー2の次席検事という,2人の決裁官がいるので,それ以外の実働検察官(ヒラ検事)は,次席検事→検事正の順に決裁を受けなければ事件を処分できません。
 広島地検のような中規模地検の場合には,扱う事件数が多くなるため,次席検事の下に刑事部長・公判部長といった部長職が置かれていることから,ヒラ検事は,部長→次席検事→検事正の順に決裁を受けなければ事件を処分できません。
 さらに,東京などの大規模地検では,部長の下に副部長職も置かれているため,ヒラ検事は,副部長→部長→次席検事→検事正の順に決裁を受けなければ事件を処分できないことになるのです。
 このように,決裁官の階層や職名は地検の規模によって異なりますが,ヒラ検事がまず最初に決裁を受けなければならない決裁官は「第1次決裁官」と呼ばれ,更にその上の決裁官は「第2次決裁官」などと呼ばれていました。

5 重畳決裁は,経験ある複数の上司の意見を踏まえて方針を決めることができる意味では,良い制度と言えます。
 しかし,決裁を受ける側のヒラ検事にとっては,同じことを複数の決裁官に説明しなければならない手間自体が,非常に負担です。
 その上,例えば今回の報道でも指摘されているように,第1次決裁官である部長からOK(決裁印)をもらった案件について,第2次決裁官である次席検事からケチを付けられてやり直しを命じられてしまうと,誰しもが,先の見えない長いトンネルに迷い込んだような絶望的な気持ちになります(この場合,部長にその旨を報告して,論告案をイチから練り直さなければいけないのが通常だからです。)。
 この意味で,重畳決裁は,「屋上屋を重ねる」だけの悪しき制度とも言えるのです。

6 そのため,各地の実情にもよりますが,例えば東京地検などでは,第1次決裁官である副部長の決裁は面前決裁(担当検事が証拠を見せながら口頭で事案説明をする方式)とするが,部長の決裁は投げ込み決裁(事件記録を預けて見てもらい,問題があれば口頭報告を求められるもの,通常は問題なく書面決裁だけで終わる方式)で可とされ,次席検事・検事正の決裁は原則省略されるという合理化が図られています。
 重畳決裁の悪しき側面は,これまでも,検察庁内部でも問題とされ,改善のための対策が講じられてきました。
 今回の報道でも問題視されているような第1次決裁官と第2次決裁官との意見の食い違いが生じないように,日頃から,決裁官同士の充分な意思疎通を図る必要があると提唱され,地検によっては,かなりの頻度で決裁官ミーティングが行われ,決裁官同士の信頼関係の確立と,充分な意思の疎通が図られていました。
 また,問題意識を持った第1次決裁官の中には,証拠関係が複雑で決裁官によって意見が割れそうな案件については,あらかじめ,上司である第2次決裁官に事案の概要等を直接説明した上,方針を了解して欲しいという「根回し」をするような工夫をしてくれていた方もいました。
 今回,広島地検でどのような工夫が行われていたのかはわかりませんが,検察には,この観点からも事件の検証をし,再発防止に努めて欲しいと思います。

 

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★