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起訴便宜主義が再犯防止支援(入口支援)に積極活用されることの問題点について

2020.08.03ブログ

1.刑事訴訟法(以下,「刑訴法」と言います。)は,被疑者の起訴・不起訴を決める権限を検察官に独占させた上(刑訴法247条),「犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる。」と規定しています(刑訴法248条)。
  これが,起訴便宜主義を定めた条文であり,文字通り検察官は,犯罪の嫌疑が認められる事案であっても,犯人の性格,年齢及び境遇等の諸般の事情を考慮して,起訴する必要がないと判断したときには不起訴(起訴猶予処分)にすることができるのです。

2.ところで,検察官が行う不起訴処分には,①上記「起訴猶予」処分のほかにも,②訴訟条件を欠くことを理由とする不起訴処分(「親告罪の告訴取消」等),③事件が罪とならないことを理由とする不起訴処分(「罪とならず」「心神喪失」等),④犯罪の嫌疑がなく又は嫌疑が十分でないことを理由とする不起訴処分(「嫌疑なし」「嫌疑不十分」)があります。
  令和元年版犯罪白書によると,平成30年の検察庁終局処理人員総数(過失運転致傷等及び道交法違反を含む)とされる99万6145人の内訳は,公判請求8万3768人,略式命令請求22万4953人,起訴猶予56万8392人,その他の不起訴6万3931人,家庭裁判所送致5万5101人でした。
  つまり,検察官が1年間に終局処理した人員総数の約6割が,起訴猶予処分とされているわけです。
  これによって,多くの被疑者が,起訴されることなく,早期に社会復帰できる恩恵を享受しています。
  
3.他方,検察官には,被疑者に対し,起訴猶予処分の具体的理由を説明する義務がありません。
  刑訴法259条は「検察官は,事件につき公訴を提起しない処分をした場合において,被疑者の請求があるときは,速やかにその旨をこれに告げなければならない。」と規定しているので,被疑者が請求した場合には,検察官から「不起訴処分告知書」という文書を受け取ることができます。
  しかし,不起訴処分告知書には,「貴殿に対する,○○被疑事件については,令和○年○月○日公訴を提起しない処分をしました。」のように,不起訴処分の事実と処分日が記載されているだけであり,処分の具体的理由は何も書かれていないのが通常です(最近は不起訴裁定の主文,つまり「起訴猶予」「嫌疑不十分」といった内容まで回答されていることもあるようですが,それ以上の具体的理由が文書で回答されることはありません。)。
  被疑者が,起訴猶予処分とされた具体的理由を知りたい場合は,担当検察官に電話等で直接尋ねるしかないのですが,担当検察官の人柄により対応は異なり,何も教えて貰えない場合もあります。

4.これは,裏を返せば,被疑者を起訴猶予処分とするかどうかは,すべて,検察官の裁量に委ねられているということを端的に示すものです。
  検察官が,仮に,被疑者に対する好き嫌いや,見た目の印象だけで恣意的に処分を決めていたとしても,それを事後的にチェックし是正することが非常に困難な仕組みになっているのです。
  結局,起訴便宜主義によって,多くの被疑者の生殺与奪の権が検察官に握られてしまったと言っても,過言ではありません。
  多くの被疑者が,起訴猶予処分の恩恵を受けるために,担当検察官の言葉に強くは反論できない立場に置かれているのです。

5.そして近時,検察官が,起訴便宜主義とそれに伴う被疑者に対する強い影響力を,再犯防止支援(入口支援)のために積極活用しようとする傾向が目立っています。

⑴ 例えば,家族間のトラブルに起因する傷害事件の場合に,検察官が,被疑者の家族等から広く事情聴取して関係を修復させ,それによって再犯防止が期待できると判断できた場合に,被疑者を起訴猶予処分とする取り組みが行われています。
  家族の関係修復は「犯罪後の情況(刑訴法248条)」とも評価できるので,検察官の取り組みは,一応は,法的根拠に基づくものと言えます。
  しかし,検察官が,被疑者を逮捕・勾留した状態で犯罪捜査を遂行し,その起訴・不起訴を決める権限を独占しているという,その強大な立場と権限に鑑みたとき,検察官によるこのような積極的な入口支援は,常に人権侵害と表裏一体の危険を伴うのです(詳しくは,コラム「検察官が行う再犯防止支援(入口支援)の問題点について」をご覧ください。)。
  例えば,家族間のトラブルに起因する傷害事件であっても,傷害の結果はごく軽微でむしろ被害者に大きな落ち度があるなどの事情があれば,被疑者が起訴される可能性がほとんどないと言えるのですから,被疑者は即刻釈放されなければなりません。
  仮に検察官による家族関係の修復が期待できる事案であったとしても,それだけの理由で,被疑者の勾留を継続することを,刑訴法は認めていないのです。

⑵ また,検察官が,被疑者を釈放した上,一定期間は最終的な処分を保留し,その間,何度か被疑者との面会等を重ね,被疑者に改善更生の兆しが見えた場合にはじめて起訴猶予処分をする取り組みも行われています。
  この取り組みは,釈放後の経過観察であり,被疑者の勾留継続を伴わないという点で人権侵害の程度は小さいとも言えますが,それでも,いつ起訴されるか分からない不安定な状態で一定期間待つことを強いられる被疑者の負担は,大きなものと言えます。
  ましてや,上記⑴で仮定した事例のように,そもそも起訴される可能性がほとんどない軽微な事案であった場合に,釈放後直ちに起訴猶予処分とせず,一定期間処分を保留することは,いたずらに被疑者を不安定な状態に置くこととなり,許されないと考えるべきです。
  仮に経過観察による改善更生が期待できたとしても,そもそも起訴される危険がない事案についてまで,経過観察を起訴猶予処分との交換条件のように事実上強制することは,検察官の権限濫用と言わざるを得ません。

6.検察官が行う再犯防止支援(入口支援)は,刑訴法を逸脱することなく,適正かつ謙抑的に行われている限り,再犯防止のためのひとつの社会的資源として有用なものと言えるでしょう。
  しかし,それが人権侵害と表裏一体である以上,弁護士は,「支援」の名の下の人権侵害を見逃さないよう,常に検察を監視し,必要に応じて是正を求める義務を負っているのです。

 

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★