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死体領得罪とはどんな罪か

2023.08.09ブログ

2023年8月

弁護士 金子達也

 2023年7月、札幌すすきののホテル客室で首を切断された男性死体が見付かった事件では、のちに逮捕された被疑者家族の自宅から切断された男性の首が発見されたことから、死体領得罪が立件されたと報道されています。
  この事件では、過去に死体領得罪が立件されたケースは稀であったとも報道されています。
  実際、二十数年間検察官として働き、その間に比較的多くの殺人・死体遺棄事件を取り扱ってきたと自負する筆者でも、死体領得罪が立件されたケースに出会った経験は全くありませんし、そのような犯罪類型があることさえ意識していませんでした。
  そこで、この機会に、死体領得罪について調べてみました。

 

 死体領得罪について定めた刑法190条が「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の懲役に処する」と規定しているとおり、刑法では、死体等についての「損壊」「遺棄」「領得」行為が刑事処罰の対象とされています。
  ちなみに、刑法191条が墳墓発掘死体損壊等罪を規定し、墳墓を発掘した者が発掘死体等を「損壊」「遺棄」「領得」した場合は3月以上5年以下の加重処罰を定めていることから、刑法190条が規定する死体等には不法に発掘して得られたものは含まれないとされています(大判T3.11.13)。
  刑法190条等で処罰される「損壊」とは物理的に損傷、破壊することをいい、「遺棄」とは習俗上の埋葬等とみられる方法によらないで死体等を放棄することをいうとされています(大コンメンタール刑法)。
  そして、「遺棄」には作為と不作為があり、場所的移転を伴う『移置』や土中に埋めたり床下に隠したりする『隠匿』が、作為による遺棄の代表例とされています。
  つまり、単に死体を死亡場所に『放置』しただけであった場合、「遺棄」には当たらないということになりますので(大判T6.11.24)、殺人犯であっても単に死体を放置して逃げるだけでは死体遺棄罪は成立しないというのが一般的な考え方です。
  他方、不作為による「遺棄」は、『法令、慣習、契約等により葬祭の義務を有する者』が葬祭の意思なく死体を放棄して離居する行為とされており、これは、葬祭義務者にのみ犯罪が成立する不真正不作為犯の一種と捉えられています。
  この葬祭義務者の代表例は『同居の親族』であり、例えば同居の親族については、自宅で死亡した親族の死体を埋葬せず単に放置しただけであっても(死体を移動させたり隠したりせずとも)不作為の死体遺棄罪が成立することになるのです。

 

 これに対し、死体等の「領得」とは、死体の所持(占有)を取得することをいうとされており、所持(占有)の取得にあたり所有者として振る舞う意思も経済的利益を得る意思も要しないというのが、一般的な考え方です。
  とはいえ、実務的には、所持(占有)を得るために死体等を移動すれば『移置』に当たり、死体等を部屋に隠したり布でくるむなどすれば『隠匿』に当たり、いずれにしても死体等「遺棄」罪が成立してしまうことから、「領得」罪を独立に論じる必要性が非常に乏しかったように思えます。

 

 このように非常に珍しい犯罪類型であるとはいえ、過去には死体領得罪の成否が問題となった刑事裁判例があるので紹介します。
  この事件は『加江田塾ミイラ化事件』とも呼ばれている著名な事件ですが、創造主の代理人であるなどと称して難病治療等を謳うセミナーを主催していた男性被告人と、その信奉者である女性被告人が、共謀の上、1997年12月頃、難病を患っていた男児(6歳)の治療を両親から引き受けたものの、祈祷類似行為を繰り返すだけで生存に必要な医療措置を施さなかったことから、1998年1月頃、男児を病死させたという保護責任者遺棄致死事件の刑事裁判で、その後の死体の処置に何罪が成立するかが争われた事件です。
  この刑事裁判では、死亡した男児の死体の処置に関し、被告人らが、死体を死亡場所(加江田塾本館二階西側洋室)にそのまま放置した上、安否を気遣う両親に対し、「(男児は)間違いなく生きている。」などと嘘を言って男児の生存を誤信させたり、「(両親が上記洋室に入れば)せっかく良くなってきているのが台無しになる。」などと嘘を言って死体に近づけないようにし、1998年4月には、上記洋室の出入口扉に施錠した事実が認定されました。
  これらの事実に対し、検察官が主位的に死体遺棄罪の成立を、予備的には死体領得罪の成立を主張したところ、第1審の宮崎地方裁判所は、被告人らの行為は単に死体を放置したに止まると評価をした上、「被告人両名は、法令はもとより慣習によっても、男児の葬祭をなすべき義務も死体を看護すべき義務も負わないことは明らか」などと判示して死体遺棄罪の成立を否定しました。
  その一方で、第1審の宮崎地方裁判所は、「(被告人両名は両親に対し)男児が死亡した事実を否定し、死体を置いている部屋に立ち入らせないようにするとともに、施錠するなどして、両親の死体に対する事実的支配を完全に排除し、被告人両名のみによる支配下に置いた」と判示して死体領得罪の成立を肯定したのです(宮崎地判H14.3.26)。

 

 このように、加江田塾ミイラ化事件の第1審宮崎地裁判決は、死体遺棄罪は成立しないが死体領得罪は成立するという文脈で同罪の適用を導いたテクニカルな裁判例であり、本来死体領得罪を適用すべき事案に同罪を素直に認定したものとは趣を異にするように思えます。
  実際、この事件の控訴審である福岡高裁宮崎支部判決は、この点につき、「被告人両名は、両親の依頼を受けて、男児を、1997年12月から1998年1月に死亡するまでの間、自らの監護指導の下で生活させており男児の保護責任者としての立場にあったと認められる者である。したがって、男児の死亡後も慣習ないし社会通念上、その死体について監護義務を負い、その親族である両親に対し男児の死亡の事実を告げ、男児の死体の引き取りが速やかに行われるよう努めるとともに、その引渡しが完了するまでの間は死体を適切に保管しなければならなかったものというべきである。」などとして、男児の死体に対する監護義務を尽くさなかった被告人両名に死体遺棄罪を認めています(福岡高宮崎支判H14.12.19)。

 

 さて、冒頭で紹介した、札幌すすきののホテル客室での事件(この原稿を書いた時点では未だ起訴されていませんでした。)は、上記理解を前提とすれば、おそらく、死体の首を切断した行為を捉えて死体損壊罪で、更には切断した首を自宅に運んで隠した行為を捉えて死体遺棄罪で起訴されるように思われます。
  そのほかのモデルケースとして、例えば死体から切り取った臓器を売買等で手に入れる行為が死体領得罪になり得る可能性はあるものの、このようなケースはむしろ臓器移植法(正式名称は「臓器の移植に関する法律」)に規定される臓器売買罪(法定刑は5年以下の懲役又は500万円以下の罰金)で処罰するのが素直に思えます。
  このように、死体領得罪プロパーの事例はなかなか考え難いと思われますが、せっかく興味をもった犯罪類型ですので、今後参考になるような裁判例に接したときには改めてブログで紹介したいと思います。

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★