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いわゆるキャッシュカードすり替え型事案(窃盗罪)の実行の着手時期について (最高裁令和4年2月14日第三小法廷決定)

2022.12.27ブログ

弁護士 菅 野  亮

1 特殊詐欺(本稿で扱う事件は罪名としては窃盗)には、さまざまな手法があるが、近時、被害者を電話で欺して金銭の交付をさせる、あるいは金融機関から送金させる詐欺事件ではなく、被害者を欺して、被害者が準備したキャッシュカードを被害者宅ですり替えるタイプの事件も多い(以下「すり替え型事件」という。そのような事件では、すり替えた時点で、キャッシュカードに対する窃盗罪が成立する。)。

すり替え型事案は、かけこが欺して被害者に金融機関で送金させるタイプの事件よりも、受け子が被害者のキャッシュカードを利用して引き出し行為等を行うことから、金融機関における犯罪発覚リスクが低く、成功した場合の被害金額が高額化する傾向がある。

2 すり替え型事案では、キャッシュカードをすり替えた(窃取した)受け子は、組織の指示に従い、当該キャッシュカードを使用して、ATM等から被害者の預貯金を引き出す(その行為に関しても、窃盗罪が成立する。)。

近時、受け子が被害者宅を訪問する前に警察の存在に気がついて犯行を断念したり、職務質問等により受け子が被害者宅を訪問する前に逮捕される事案も増え、キャッシュカードすり替え行為前の時点で、受け子に対して窃盗未遂罪が成立するのか問題となっていた。

その点に関する判断を下したのは、最高裁令和4年2月14日第3小法廷決定である(以下「最高裁令和4年決定」という(なお、特殊詐欺の詐欺事案の実行の着手時期については、最高裁平成30年3月22日判決がある。最高裁判所刑事判例集72巻1号82頁)。

3 すり替え型事案では、かけこは、被害者に電話で、キャッシュカードに関連した問題が生じたためにそれを準備しておくこと、そして、準備したキャッシュカードについて、訪問してくる警察官、金融庁の職員、全国銀行協会職員等に確認してもらう必要がある等の虚偽の説明を行う。

最高裁令和4年決定の事案で、かけこは、次のような虚偽の説明を行った。

「詐欺の被害に遭っている可能性があります。」
「被害額を返します。」
「それにはキャッシュカードが必要です。」
「金融庁の職員があなたの家に向かっています。」
「これ以上の被害が出ないように,口座を凍結します。」
「金融庁の職員が封筒を準備していますので,その封筒の中にキャッシュカードを入れてください。」
「金融庁の職員が,その場でキャッシュカードを確認します。」
「その場で確認したら,すぐにキャッシュカードはお返ししますので,3日間は自宅で保管してください。」
「封筒に入れたキャッシュカードは,3日間は使わないでください。」
「3日間は口座からのお金の引き出しはできません。」

4 すり替え型事案の受け子は、かけこが上記のような説明を行っていることをある程度認識した上で、組織の作成したマニュアルに従って、警察官、金融庁の職員、全国銀行協会の職員などのふりをして(ただし、普段からスーツなどを着慣れない者がサイズの合わないスーツなどを着て日中、住宅街を歩いていることから、それを不審に思った警察官に職務質問されるケースも多い。)、被害者宅を訪問し、被害者が準備したキャッシュカードを被害者に気がつかれないうちに自らが用意した封筒などとすり替える。

このすり替え行為が窃盗の実行行為であることに争いはない(被害者を欺して、キャッシュカードについて任意に交付を受ければ詐欺であるが、すり替え型の事案は、被害者が知らないうちにキャッシュカードをすり替えている点が特徴である。)。

通常、受け子は、被害者宅付近で待機しており、被害者が欺された直後に、虚偽の書類等を所持し、被害者宅を訪問する(最高裁令和4年決定の事案では、午後2時過ぎ頃に電話で虚偽の説明が行われ、同日午後4時18分頃に受け子が被害者宅付近に出没している。)。

最高裁令和4年決定の事案での、受け子の行動は次のとおり、警察官の存在に気が付き実際に被害者宅には行かずに断念している(警察官の尾行に気がつく場合だけでなく、組織から警察が介入していることを知らされて犯行を断念する場合や職務質問を受けて犯行が発覚することもある。)。

「指示役の指示に基づき山形県西村山郡a町内の量販店で待機していた被告人は,同日午後4時10分頃,指示役の合図により,徒歩で,同町内の被害者宅の方に向かった。しかし,被告人は,同日午後4時18分頃,被害者宅まで約140mの路上まで赴いた時点で,警察官が後をつけていることに気付き,指示役に指示を求めるなどして犯行を断念した。」

5 最高裁令和4年決定は、以下のとおり、被害者宅まで140mの路上まで赴いたことで窃盗の実行の着手があると判断した(下線は、筆者による。)。

「本件犯行計画上,キャッシュカード入りの封筒と偽封筒とをすり替えてキャッシュカードを窃取するには,被害者が,金融庁職員を装って来訪した被告人の虚偽の説明や指示を信じてこれに従い,封筒にキャッシュカードを入れたまま,割り印をするための印鑑を取りに行くことによって,すり替えの隙を生じさせることが必要であり,本件うそはその前提となるものである。
そして,本件うそには,金融庁職員のキャッシュカードに関する説明や指示に従う必要性に関係するうそや,間もなくその金融庁職員が被害者宅を訪問することを予告するうそなど,被告人が被害者宅を訪問し,虚偽の説明や指示を行うことに直接つながるとともに,被害者に被告人の説明や指示に疑問を抱かせることなく,すり替えの隙を生じさせる状況を作り出すようなうそが含まれている。このような本件うそが述べられ,金融庁職員を装いすり替えによってキャッシュカードを窃取する予定の被告人が被害者宅付近路上まで赴いた時点では,被害者が間もなく被害者宅を訪問しようとしていた被告人の説明や指示に従うなどしてキャッシュカード入りの封筒から注意をそらし,その隙に被告人がキャッシュカード入りの封筒と偽封筒とをすり替えてキャッシュカードの占有を侵害するに至る危険性が明らかに認められる。
このような事実関係の下においては,被告人が被害者に対して印鑑を取りに行かせるなどしてキャッシュカード入りの封筒から注意をそらすための行為をしていないとしても,本件うそが述べられ,被告人が被害者宅付近路上まで赴いた時点では,窃盗罪の実行の着手が既にあったと認められる。」

特殊詐欺は、組織的に行われる犯罪であり、かけこや受け子等の役割が分業され、マニュアル等も設備されているという特徴を持つ。通常の空き巣のような住居侵入窃盗であれば、空き巣の計画があったとしても被害者宅に行く前に窃盗罪の実行の着手が認められることにはならないと思われるが、すり替え型事案の場合は、被害者宅に行く前に、①かけこの嘘があり、②その嘘により、被害者は欺されて、すり替えの隙が生じているという特殊制もあり、被害者宅に行く前であっても、占有を侵害するに至る危険性が明らかに認められるとして実行の着手を認めている。

最高裁令和4年決定により、実際に被害者宅に行っていない事案でも、窃盗未遂罪が成立することは明らかとなったが、そもそも、嘘の内容が立証できない場合(被告人が黙秘したり、被害者が高齢者で信用性ある供述が得られない場合もある)や、被害者宅からかなり離れた場所で受け子が逮捕された場合など、その射程の範囲が問題となる。

以上

 

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★