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自動車事故(死亡事故)に関する量刑傾向(その2)

2021.05.19ブログ

2021年5月
弁護士 菅 野  亮

1 今回は,「自動車事故(死亡事故)に関する量刑傾向(その1)」に続き,自動車運転過失致死事件の刑事裁判で,実際の裁判例を紹介します。

2 執行猶予付判決(罰金となったものを含む)となった裁判例としては,次のような事件が判例秘書というデータベースに掲載されています。自動車事故(死亡事故)は事件は多いのですが,あまり判例検索データベースには掲載されていません(刑事事件では,無罪になっている事件などは掲載されているのですが,量刑のみが問題となる事件は,データベースに掲載される事件が少ないです。)。

  ① 仙台地方裁判所令和元年6月5日
    〔主文〕禁錮1年6月,3年間執行猶予
  ② 盛岡地方裁判所平成29年12月7日
    〔主文〕禁錮1年4月,3年間執行猶予
  ③ 千葉地方裁判所平成28年11月7日
    〔主文〕禁錮3年,5年間執行猶予
  ④ 新潟地方裁判所平成28年3月18日
    〔主文〕罰金70万円
  ⑤ 松山地方裁判所平成28年3月7日
    〔主文〕禁錮1年,2年間執行猶予 

3 執行猶予になった事件の特徴
 多くの事例で,被告人に有利な事情として,被害者に損害賠償がされて一定の被害回復がなされていることが指摘されています。
 禁錮の長さは,1年から1年半の間が多いですが,上記③の事例は,赤信号を見落として交差点に侵入した事案で重大な過失と評価されているため,禁錮3年と比較的長い禁錮刑が選択されています。

 また,事故に至る経緯で,被告人に責任を問うことが気の毒な事情がある場合,そのことが考慮されることがあります。例えば,上記②の事例では,量刑の理由として,次のような記載があります。

「上記結果は,前記被告人の過失に加え,被告人にとって,本件事故に先立ち生じた交通事故のために停車していた車両の発見が困難であったことや,被告人車に先行する車両が急制動をしたこと,交通事故のためではあるが,高速道路上であるのに,交通事故のために停車していた車両の運転者が車外に出て立っていたことなどの要因が重なって生じたものと考えられ,被告人に過失責任があるとはいえ,その結果のすべてを被告人に帰責するのは酷である。」

 過失の内容も重視されます。上記③の事例は,私が担当した事件だったのですが,赤信号であることに気がつかず,交差点内に車を侵入させて死亡事故を起こしたケースでした(起訴は,赤信号無視類型の危険運転致死罪でしたが,裁判の結果,「殊更に」赤信号を無視したとはいえないとして,危険運転致死罪は成立しないとされています。)。

 赤信号無視は,重大な過失ですから,判決では,次のとおり判示されています。
「信号機の信号表示に留意してこれにしたがって進行するという注意義務は,自動車を運転する上での極めて基本的な注意義務である。被告人は,制限速度を約25km毎時上回る時速約65kmで進行するなかで,このような基本的な注意義務を怠って,赤色信号を見落とした挙げ句,赤色信号のまま本件交差点に進入して,本件事故を起こしたのであるから,その過失の内容は悪く,その程度は同種の過失運転致死罪の中でも中程度から比較的大きい部類に属するといえる。」

 ただし,この事案では,「被告人が加入していた任意保険によって遺族らに対して損害賠償金が支払われて示談が成立しており,経済的な損失に関していえば一定の回復が図られていること,被告人が本件事故について反省の態度を示していること,前科前歴がないこと,当公判廷において被告人の監督を誓約する父親の存在等も併せ考えると,被告人の今後の更生が一定程度期待できることなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。」として,結果的には,執行猶予付の判決が得られました。
実際,執行猶予と実刑の限界事例であると思われます。

 上記⑤の事例は,執行猶予期間が2年と短いですが,この事案は,同乗者の死亡事故であり,他の事故とはその点が違う上,「被告人の過失は,悪質な道路交通法違反等を伴うようなものでは全くない。また,本件は自らの夫を失うという被告人にとっても極めて不幸なものであった。」と判決で認定されています。

 悪質な道路交通法違反とは,飲酒やひき逃げのことを意味すると思いますが,やはりそのような道路交通法違反がないことが執行猶予付判決となりやすい事件といえそうです。

4 罰金刑が選択された事例
 上記④の事例は,死亡事案ですが,他の事例と異なり,禁錮刑ではなく,罰金刑が選択されています(検察官の求刑自体が罰金刑求刑です)。
 この事案は,先行する交通事故が発生しており,被告人が事故を起こしたことについても気の毒な事情があったようです。
「本件はBの居眠り運転という重大な過失による第1事故を発端としており,被告人の責任の大きさがBのそれを上回るとは認め難い。また,本件は第1事故発生直後の事故であって停止表示器材等の設置もなく,被害者車両は黒色であったことからすると,被害者車両の発見が比較的困難であり,前方注視義務違反については違反の程度が大きいとまではいえない。」
 第1事件が生じた結果,その事故に巻き込まれるような形で第2事故が発生し,その事故が避けにくい状況である場合などの特別な事情があれば,公判請求された上で,罰金刑が選択される事件があるということになりますが,死亡事故で,罰金刑が選択されるのは,例外的です。

以上

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★