お知らせ・ブログnews & blog

千葉県千葉市の弁護士事務所 法律事務所シリウス > お知らせ・スタッフブログ > よくあるご質問 > 刑事事件 > 過去の逮捕歴に関するインターネット情報の削除を求めることはできますか①(どのような権利を根拠に削除を求めるのでしょうか)

過去の逮捕歴に関するインターネット情報の削除を求めることはできますか①(どのような権利を根拠に削除を求めるのでしょうか)

よくあるご質問刑事事件

1 はじめに
 ある犯罪で逮捕されたことが実名報道され,それがインターネット上に拡散されてしまった結果,いつまでも犯罪者としてのレッテルがつきまとい,再就職さえままならないという御相談を受けることがあります。
 インターネットや利便性の高い検索サービスが普及したことに伴い,逮捕歴等の自己に不利益な情報が長期間容易に検索可能な状態に置かれることによって,これらの不利益情報を他者が簡単に知りうる状態が永続する困った事態から解放されたいという切実な御相談です。
 このように,インターネット上に拡散された自己に不利益な情報は,1度拡散されてしまうとなかなか消すことができず,その人の評価(レッテル)としていつまでもつきまとうことから,「デジタルタトゥー」などとも呼ばれています。
 そこで,これから何回かにわけて,デジタルタトゥーを削除する方法についてお話したいと思います。
 第1回目は,まず,どのような権利(「被保全権利」と呼ばれています。)を根拠に削除を求めるのかについてお話します。

2 名誉権・プライバシー権
 東京高等裁判所平成28年7月12日決定(以下,「東京高裁H28.7.12決定」といいます。)は,デジタルタトゥーの削除を求める際の被保全権利について,「名誉又はプライバシーに基づく削除請求(差止請求権)」に帰着すると判示しています。(脚注※1)

3 忘れられる権利
 これまでの裁判にあっては,更に一歩踏み込んだ「忘れられる権利」が主張されてきました。
 「忘れられる権利」というのは,欧州委員会(EC)が2010(平成22)年11月4日に公表した「欧州連合(EU)における個人データ保護のための包括的アプローチ」において,収集された目的に照らし不要となった個人データを消去させる権利としての「忘れられる権利」が言及されたことで,注目を集めました。その後,2012(平成24)年1月25日に策定されたEUデータ保護規則案17条には「忘れられる権利及び削除権」という見出しの条項が設けられ,2014(平成26)年3月12日には,この規則案が欧州議会本会議で可決されています。
 日本国内においても,さいたま地方裁判所平成27年6月25日決定(東京高裁H28.7.12決定の原決定)が,「一度は逮捕歴を報道され社会に知られてしまった犯罪者といえども,人格権として私生活を尊重されるべき権利を有し,更生を妨げられない利益を有するのであるから,犯罪の性質等にもよるが,ある程度の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から『忘れられる』権利を有するというべきである。」と判示して「忘れられる権利」に言及しました。
 しかし,東京高裁H28.7.12決定は,「忘れられる権利は,そもそも我が国において法律上の明文の根拠がなく,その要件及び効果が明らかではない。」「その要件及び効果について,現代的な状況も踏まえた検討(脚注※2)が必要になるとしても,その実体は,人格権の一内容としてのプライバシー権に基づく差止請求権と異ならないというべきである。」として,「人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求の存否とは別に,『忘れられる権利』を一内容とする人格権に基づく妨害排除請求権としての差止請求権の存否について独立して判断する必要はない。」と結論付けています。
 この東京高裁H28.7.12決定に対しては抗告がなされていますが,抗告審である最高裁判所平成28年1月31日決定も「忘れられる権利」について何ら言及していません。

4 まとめ
 このように,現時点においては,デジタルタトゥーの削除は名誉権又はプライバシー権に基づく削除請求(差止請求)として求めて行くのが,現在の裁判所の考え方に沿った現実的な方法といえるでしょう。

 

【脚注】
※1 東京高裁H28.7.12決定の詳しい内容は,「人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は,損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか,人格権としての名誉権に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決)から,本件の被保全権利として,まず,人格権としての名誉権に基づく侵害行為差止請求権が考えられる。また,公共の利益に関わらない者のプライバシーにわたる事項を公表することにより,公的立場にない当該人物の名誉,プライバシー,名誉感情等の人格的価値が侵害され,それにより重大で回復困難な損害を被らせるおそれがある場合は,人格権に基づき公表の差止めを求めることができる(最高裁判所平成14年9月24日決定)から,本件の被保全権利として,人格権としてのプライバシー権に基づく差止請求権も考えられる。」というものです。

※2 東京高裁H28.7.12決定は,削除を求める側の問題意識を「インターネットや利便性の高い検索サービスが普及する以前は,人の社会的評価を低下させる事項あるいは他人に知られると不都合があると評価される私的な事項について,一旦それらが世間に広く知られても,時の経過により忘れ去られ,後にその具体的な内容を調べることも困難となることにより,社会生活を安んじて円滑に営むことができたという社会的事実があったことを考慮すると,現代においても,人の名誉又はプライバシーに関する事項が広く世間に知れ,又は他者が容易に調べられる状態が永続することにより生じる社会生活上の不利益を防止ないし消滅させるため,当該事実を事実上知られないようにする措置(検索結果を削除又は非表示とする措置)を求めることができる(はずである)。」と要約して判示しています。

2021年4月16日

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★