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カルロス・ゴーン氏の拘禁に関する国連作業部会意見書

2020.12.21ブログ

広く報道されているとおり、カルロス・ゴーン氏の拘禁(逮捕及び勾留)について、国連人権理事会の『恣意的拘禁に関する作業部会』による2020年11月20日付意見書が公表されました。原文(英語)は、下記のウェブサイトから閲覧可能となっています。

 

https://www.ohchr.org/Documents/Issues/Detention/Opinions/Session88/A_HRC_WGAD_2020_59_Advance_Edited_Version.pdf

 

 意見書によれば、ゴーン氏の日本における拘禁については、作業部会が「恣意的」と認める5類型の身体拘束のうち、以下の2類型に該当するとされています。

 

    類型1:身体拘束を正当化する法的根拠を用いることが明らかに不可能な場合(刑の執行終了後も拘禁される場合や恩赦が適用可能であるにもかかわらず拘禁される場合等)

 

   類型3:世界人権宣言及び関連諸国により受け入れられている国際協定により確立された正当な裁判を受ける権利に関する国際基準の全部または一部の不順守が身体拘束に恣意的性格を与える場合

 

 類型1との関係では、作業部会は、ゴーン氏側の主張を認め、4回に及んだ起訴前勾留の間、ゴーン氏は裁判官と面会する機会を与えられず、起訴に至るまで裁判所において手続をとることも認められていなかったと認定しました。その上で、これらの点が自由権規約第9条3及び4に違反していると判断しています。

 一般的な日本の刑事実務として、逮捕された被疑者は、勾留質問時に裁判官と(短時間の)面談をし、また、勾留決定に対して準抗告等の不服申立が可能です。意見書における上記の事実認定はこうした実情とは異なるものですが、そのような認定となった主たる理由は、日本政府がゴーン氏側の上記主張に具体的な反論をせず、証拠となる資料を提出しなかった点にあるようです。意見書では、日本政府からは、日本法上、刑事手続開始前に刑事裁判に関する情報を提供することは認められていないとの説明がなされたとされています。しかし、作業部会は、過去に公表された人権理事会の決議や作業部会の意見に鑑みれば、加盟国は恣意的拘禁に関する説明責任を負っており、国内法により情報提供ができないとの主張は作業部会からの要望を満たさないと判断しています。

 

 類型3との関係では、作業部会は、計4回に及んだゴーン氏に対する逮捕・勾留について、根本的にアンフェアであり、ゴーン氏が公正な裁判を受ける権利を享受することを妨げるものであると判断しています。また、ゴーン氏が、事実上供述を強制される状況下で長期間にわたり起訴前に身体拘束された点について、無罪推定の権利(自由権規約14条2)及び不利益な供述を強制されない権利(自由権規約14条3)を侵害するものであったと結論付けられています。

 また、意見書では、こうした点と関連して、弁護人の取調べ立会が認められないこと、捜査機関によるメディアへの情報提供等の問題も指摘されています。

 

 報道によれば、日本政府は、作業部会の意見書に対して異議を申し立てており、事実誤認に基づく内容であると反論しているようです。

 確かに、日本の刑事実務の実情から考えて、上記の類型1との関係では、作業部会の意見書が前提としている事実は必ずしも正確でないように思われます(もちろん、前提事実に関する説明責任の問題は残ります。)。

 しかし、上記の類型3との関係では、意見書を読む限り、逮捕・勾留が繰り返された事実やそのタイミング、逮捕・勾留の基礎となった被疑事実等、基本的な事実関係には争いがなかったように思われます。そして、一連の社会的事実に基づいて逮捕・勾留が繰り返されることや、保釈後一定期間が経過した後に、保釈前の事実に基づいて再逮捕されることなどは、ゴーン氏の事件に限らず、日本の刑事実務において一般的に行われています。作業部会の意見書は、端的に、日本の刑事実務における起訴前勾留の問題が、国際基準に照らして「恣意的拘禁」と評価され得る程度の深刻さに至っていることを表しているように感じられます。

 

弁護士 中井淳一