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飲酒運転で交通事故を起こしたら保険金が支払われないと聞きましたが,本当ですか?

よくあるご質問交通事故

1 酒気帯び運転は,それ自体が処罰の対象になる犯罪行為とされていますし,それにより人を死傷させてしまえば殺人罪に匹敵する重罪で処罰される危険もあります。
  それだけではなく,酒気帯び運転が発覚した場合に,自動車保険の保険金の支払いさえ拒まれる(既払いの保険金については返却が求められる)場合があるので,注意が必要です。
  この点に関し,自動車保険契約における酒気帯び免責条項による免責について,興味深い判断を示した高裁判決(令和元年5月30日大阪高等裁判所判決。以下「判決」と言います。)がありますので,紹介します。

2 判決で問題とされた事案は,損害保険会社が,自動車保険契約に基づき,その被保険者が当事者となった交通事故(以下,「本件事故」と言います。)につき被保険者に保険金を支払ったものの,本件事故は被保険者が酒気帯び運転をしていた際に発生したものであるとして,保険約款上の免責事由に該当すると主張し,被保険者に対し,不当利得返還請求権に基づき既払い保険金の支払いを求めた事案です。
  実際,この自動車保険契約に適用される普通保険約款・特約には,「被保険者が道路交通法65条1項に定める『酒気帯び運転又はこれに相当する状態』で被保険自動車を運転している場合に生じた損害に対しては,保険金を支払わない。」旨の定め(以下,「酒気帯び免責条項」と言います。)がありました。
  そして,確かに本件事故は,被保険者が被保険自動車を運転していた際に起こした交通事故であり,その際に警察が行った飲酒検査により酒気帯びであったことが判明していました。

3 しかし,その数値は,呼気1リットルにつき0.06ミリグラムに過ぎませんでした。
  道路交通法(以下,「道交法」と言います。)65条1項は,「何人も,酒気を帯びて車両等を運転してはならない。」と定めているものの,違反者に対する罰則を定めた道交法117条の2の2第3号は,「政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態にあったものは,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」と定めているところ,現在の政令によれば,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコール濃度が検出された場合に,はじめて上記罰則に当たるとされているのです。
  このように,この事案は,確かに酒気帯び運転行為であったことは認められるものの,刑事罰の対象になる程度までのアルコール濃度は認めらない事案であったわけです。
  そのため,被契約者は,本件事故に酒気帯び免責条項は適用されないと主張して争いました。

4 これに対し,判決は,酒気帯び免責条項が設けられた趣旨について,「酒気帯び運転の場合,運転者が身体に保有するアルコールの量が刑事罰の対象とならない程度であったとしても,認知力,注意力,集中力及び判断力が低下し,反応速度が遅くなるなどして,交通事故の発生の危険性が高まることは公知の事実である。そして,酒気帯び運転の結果,数々の悲惨な事故が惹起されたことなどから,酒気帯び運転をしてはならないということは,社会全般の共通認識であり,公序を形成しているといえる。本件免責事項は,こうした点を踏まえた上で設けられたものと推認される。」と判断しました。
  その上で,判決は,酒気帯び免責条項の解釈について,「(条項の)文言どおりに解するのが相当であり,刑事罰の基準と同程度のアルコールを身体に保有している状態で運転する場合(中略)などと限定的に解釈するのは相当とはいえない。」,「免責条項の制度趣旨等に照らせば,本件免責条項にいう酒気帯び運転とは,通常の状態で身体に保有する程度を超えてアルコールを保有し,そのことが外部的徴表により認知し得る場合を指すと解するのが相当である。」と判示しました。
  つまり,判決は,酒気帯び運転で交通事故を起こした場合には,身体のアルコール濃度が刑事罰の対象とされる呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上に達していない場合であっても,酒気帯び免責条項が適用されて,保険金の支払いが拒まれる(既払いの保険金については返却が求められる)ことを明確に判示したわけです。

5 その一方で,判決は,酒気帯び免責条項の適用により交通事故による損失が一切填補されないのは酷であるとして,例外的に,「酒気帯び運転をするに至った経緯,身体におけるアルコールの保有状況,運転の態様及び運転者の体質等に照らし,酒気帯び運転をしたことについて,社会通念上,当該運転者の責めに帰すべきことができない特段の事情がある場合には,本件免責事項は適用されない(=保険金は支払われる。)。」とも判示しました。
  しかし,この「特段の事情」が認められるためのハードルはかなり高く,例えば,お酒を分解しにくい特異体質であったことが判明したとか,いわゆる「飲酒」ではない原因によりアルコールが体内に入り酒気帯び状態になってしまった事情が認められた場合などの,希有な事例に限られると思われます。
  実際,判決で問題とされた事例は「二日酔い」事案であったものの,判決は,「本件事故の前日には決して少量とはいえない程度(=500ミリリットル入り缶ビール1本と焼酎の水割り3杯)の飲酒をしたのであるから,翌朝,身体に相当程度のアルコールを保有していることを認識することが可能であり,運転を控えるべきであったにもかかわらず,本件自動車を運転し,本件事故を惹起するに至った。本件免責条項の適用を否定すべき特段の事情は認められない。」と断じています。

 

2020年11月2日

 

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★