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名の変更手続の実務が,再犯防止支援の要請に追い付いていないと危惧される実情について

2020.08.10ブログ

1.「名は体を表す」ということわざが示すとおり,人の名は,個人の同一性を識別する重要な機能を持つことから,みだりに変更することは許されていません。
  もっとも,「正当な事由」があって名を変更しようとする者は,家庭裁判所の許可を得て,これを変更することが許されています(戸籍法107条の2)。
  名を変更する「正当な事由」とは,一般的には,社会生活上,名を変更するのが客観的にみて合理的であり妥当であると判断される場合とされています。
  このような観点から,従来,名の変更が許されてきた事例としては,①営業上の目的から襲名の必要がある場合,②同姓同名の者がいて社会生活上著しく支障がある場合,③神官や僧侶となり(あるいはそれを辞するために)改名の必要がある場合,④珍奇,難読あるいは外国人と紛らわしい名である場合,⑤帰化して日本風の名に改める必要がある場合のほか,⑥通称として永年使用した名の場合などが挙げられています。
  永年使用を理由とするときには,変更の動機は問われませんが,成人の場合,変更しようとする新しい名を,少なくとも5年以上継続して使用している実績がある場合に認めるという扱いが,実務でほぼ定着していると言われています。
  また,最近は,性同一性障害者の名の変更について,「性同一性障害者であるAが,社会生活上,自己が認識している性別とは異なる男性として振る舞わなければならず,男性であることを表す戸籍上の名を使用することに精神的苦痛を感じており,Aに戸籍上の名の使用を強いることは社会観念上不当であると認められる一方,名の変更によって職場や社会生活に混乱が生じるような事情も見当たらないことからすれば,変更後の名の使用実績が少ないとしても,Aの名を変更することには『正当な事由』がある。」として名の変更を認めた裁判例も出ています(大阪高等裁判所平成21年11月10日決定)。

2.これを,再犯防止支援の観点から見たとき,名に再犯防止を阻害する要因がある場合には,その要因を取り除くための名の変更を求めることにも「正当な事由」を認めて良いのではないか,という考えに至ります。
  例えば,ある犯罪で逮捕・起訴され執行猶予判決で釈放されたものの,逮捕時に大きく実名報道されたことから,その名がSNS上に拡散されてしまった人がいたとします。その人は,釈放後,真面目に働きたいと就職先を探しましたが,拡散された名の持つ犯罪者としてのレッテルが災いし,なかなか就職先が見付けられませんでした。このように,名の持つ犯罪者としてのレッテルにより再就職できない,という大きな不利益を被っている人については,その不利益を取り除き再就職の機会を与えることが,その再犯防止に大きく寄与することは明らかです,したがって,不利益の根幹である名の変更を求めることも「正当な事由」と認められて良いのではないかと考えるわけです。
  実際に,同様の観点から,名の変更許可が申し立てられた審判例がありました。
  しかし,これに対する東京家庭裁判所の判断は,「犯罪歴は,企業にとって,企業への適応性や企業の信用の保持等企業の秩序維持の観点から重要な情報の一つであって,応募者が雇用契約に先立って申告を求められた場合には,信義則上事実を告知すべき義務を負うものであるから,現在執行猶予期間中である申立人が応募に当たり,当該犯罪歴を募集企業に知られることで採用を拒否されるなど一定の不利益を受けることがあっても,それは社会生活上やむを得ないものとして申立人において甘受すべきである。したがって,このような不利益を回避することを理由として名の変更をすることは許されず,戸籍法107条の2にいう『正当な事由』があるとは認められない。」というものでした(東京家庭裁判所令和元年7月26日審判)。

3.平成28年12月7月に成立した再犯防止推進法(同月14日施行)は,再犯防止のために,犯罪を犯した者等の特性を踏まえた指導や支援,就業機会や住居の確保,医療及び福祉サービスの提供といった,さまざまな施策等を実施するよう国に求めています。
  これに対し,東京家庭裁判所の「犯罪歴は,企業にとって,企業への適応性や企業の信用の保持等企業の秩序維持の観点から重要な情報の一つであって,応募者が雇用契約に先立って申告を求められた場合には,信義則上事実を告知すべき義務を負う。」とする前記判断は,犯罪を犯した者には再就職を認めないと言っているに等しく,再犯防止への理解には全く目を向けていない硬直した判断であって,大きな違和感を感じます。
  法律上一定の前科が欠格事由になっている職業に就職を希望する場合であれば,当該前科の告知義務を課すことはやむを得ないとも考えますが,欠格事由でもないのに,犯罪歴はすべからく企業に告知すべきとの義務を課すこと自体が,そもそも行き過ぎた判断のように思えるのです。

  その上で,東京地方裁判所は,「当該犯罪歴を募集企業に知られることで採用を拒否されるなど一定の不利益を受けることがあっても,それは社会生活上やむを得ないものとして申立人において甘受すべきである。」として,名の変更を求める「正当な事由」はないと断じています。
  しかし,犯罪歴の告知義務があるとしたことと,その義務を守らせるために名の変更を許可しないことに,そもそもの論理的関係があるのでしょうか?
  仮に名の変更が許可されたとしても,その人の犯罪歴は消えないのですから,犯罪歴の告知義務がある以上,それに従う必要があるはずです(つまり,名の変更を認めたとしても,犯罪歴の告知義務を免れさせる結果にはならないと言うことです。)。

  むしろ,この場合に取り除くことを求められた不利益は,その名に徴表された犯罪者としてのレッテルであったと考えるべきではないでしょうか。
  しかも,そのレッテルは,SNS上で無責任に拡散されたレッテルです。
  本来,人の犯罪歴(前科・前歴)に関する情報は,警察及び検察等が厳格に管理しており,例えば弁護士が法律上の根拠(弁護士法23条の2)に基づき開示を求めたとしても,回答を得られない情報です。
  それどころか,政令指定都市の区長が弁護士法23条の2に基づく照会に応じて犯罪歴を報告したことが,過失による公権力の違法な行使に当たるとされた最高裁判所の判例もあるのです(最高裁判所昭和56年4月14日第3小法廷判決)。
  このように,秘匿性・要保護性の高いものとして扱われている犯罪歴に関する個人情報が,SNS上で無責任に拡散されていること自体が本来異常であり,是正が求められる事態であると考えるのが常識に沿った判断ではないでしょうか。
  そして,名を変更することで,無責任に拡散された犯罪者としてのレッテルを取り除くことができ,再就職のみならず,就職先での円満な人間関係を築くことができるのであれば,それは,「社会生活上,名を変更するのが客観的にみて合理的であり妥当であると判断される」場合に当たると言えないでしょうか。
  東京家庭裁判所は,申立人のこのような現実の不利益と真剣に向き合い,名の変更を許可する必要性について,より深く検討すべきでした。
  結局,名の変更手続の実務は,再犯防止支援の要請に追い付いていないと,筆者は考え,憂いています。

2020年8月10日

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★